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当講座について

本講座設立の背景と目的

日本では、疾患関連遺伝子探索など遺伝子解析研究では世界をリードしてきましたが、「遺伝学的検査=クリニカル・シークエンス」という観点では世界に大きな遅れをとっております。平成20年度の診療報酬改定で、13疾患(群)の遺伝学的検査(2,000点)およびその結果説明での遺伝カウンセリング(500点)が初めて保険収載されました。その後、2年毎の診療報酬改定で遺伝学的検査の対象疾患が増加しました。平成30年度の診療報酬改定では、77疾患(群)となり(容易3,880点、複雑5,000点、極複雑8,000点)、結果説明での遺伝カウンセリング加算も増加(1,000点)しました。しかしながら、ほとんどの遺伝学的検査の受託先がないという深刻な事態が続いていました。他方、欧米アジア先進国では、遺伝子解析研究成果が迅速に臨床検査として展開されてきました。

信州大学医学部附属病院遺伝子医療研究センター(当センター)では、2017年7月より、院内各部署および関連企業(株式会社ビー・エム・エル、サーモフィッシャーサイエンティフィック・ライフテクノロジーズジャパン株式会社等)と協力して、日本の大学病院における初の本格的なクリニカル・シークエンス体制を構築し、発展させてきました。当時国内で唯一医療届出された次世代シークエンサー(Ion PGMTM Dx,サーモフィッシャーサイエンティフィック)を軸に、保険収載されたあらゆる遺伝学的検査および指定難病(特定疾患)の診断に必要な遺伝学的検査(自費)を実施できる体制を構築しました。 遺伝学的検査は、当センターの先端診療部門(外来)より、電子カルテを通じてオーダーします。匿名化された検体からゲノムDNAを抽出し、これを用いて疾患ごと最適な方法で遺伝子解析を行い(ISO15189を取得した臨床検査部との共同運用)、エキスパートパネルで結果を検証した後に、電子カルテに返却するという流れを完成させました。標準手順作業書(SOP)による工程管理、標準サンプルの多施設解析による精度比較、また外部監査受検など、国内最高水準の精度管理を行ってきました。また、機器購入・保守・整備および消耗品購入は病院で行う、特許・著作権に抵触しないソフトウェアを使用するなど、研究ではない診療としての実施を意識して取り組んできました。

図1:信州大学医学部附属病院遺伝子医療研究センターにおけるクリニカル・シークエンス体制

こうした取り組みが評価され、医療機関で実施する「遺伝学的検査=クリニカル・シークエンス」として日本を代表する施設の一つと認められています。日本医療研究開発機構(AMED)臨床ゲノム情報統合データベース整備事業「ゲノム医療の実装に資する臨床ゲノム情報統合データベースの整備と我が国の継続的なゲノム医療実施体制の構築(溝上班)」(研究分担者:古庄知己)および厚生労働科学研究費・難治性疾患政策研究事業「難病領域における検体検査の精度管理体制の整備に関する研究(難波班)」(研究分担者:古庄知己)にも参画しており、「遺伝学的検査=クリニカル・シークエンス」を通じて日本のゲノム医療を推進する社会的責務を負っています。

2018年度からは、日本における「遺伝学的検査=クリニカル・シークエンス」を発展させ、ゲノム医療発展の基盤を作るという共通のミッションのもと、株式会社ビー・エム・エルの協力を得て、外部施設(長野県立こども病院および第一次先進的ゲノム医療実装施設、その後静岡県立こども病院からの受託も開始)からの受託を開始し、軌道に乗せています。また、サーモフィッシャーサイエンティフィック・ライフテクノロジーズジャパン株式会社の協力を得て、新たな遺伝子パネルの開発にも取り組んでいます。

しかしながら、「遺伝学的検査=クリニカル・シークエンス」のさらなる普及そして全国展開には、全国の医療機関から容易にアクセスでき、多岐にわたる項目の「遺伝学的検査=クリニカル・シークエンス」について、膨大な件数を、迅速、高精度、かつ低コストに実施していくことが求められます。これには、検査会社を中心とした衛生検査所が主体的に「遺伝学的検査=クリニカル・シークエンス」を推進していく体制の整備が必要です。

本講座の目的は、「遺伝学的検査=クリニカル・シークエンス」に特化した日本唯一の講座として、世界最高水準かつ持続可能な「遺伝学的検査=クリニカル・シークエンス」体制を構築、衛生検査所(検査会社など)に積極的に導出していき、広く国民がその恩恵にあずかれるようにすることです。そのために以下のミッションを遂行します。

人材育成の取り組み

本講座で育成すべき主たる人材は、遺伝学的検査を担う人材すなわち検査会社などの衛生検査所、臨床検査部などで解析を担当する専門家です。その他、次世代の遺伝医療を牽引する人材(近い将来全国遺伝子医療部門連絡会議維持機関施設の中核を担う若手臨床遺伝専門医など)、遺伝学的検査を利用する人材(検査の原理・有用性・限界を理解した上で運用する臨床医、認定遺伝カウンセラー®、またこれらを目指す学生など)の育成も視野に入れています。遺伝子解析に従事しながら学ぶOn the Job Training(OJT)を軸に、webセミナーやe-learningコンテンツを通じた育成も展開していきます。

解析基盤構築の取り組み

多彩で多数の遺伝性・先天性疾患の「遺伝学的検査=クリニカル・シークエンス」(保険収載、自費)を迅速、低コスト、高精度で実施するための解析基盤を構築します。具体的には、最適な患者・家族への説明文、指示書および結果報告書の策定、最適な遺伝子パネルの開発、CNV解析を含めた解析技術の向上、精度管理を含めたパッケージの開発です。また、検査会社から公共のデータベース(日本医療研究開発機構・臨床ゲノム情報統合データベース事業によるMGeNDなど)に登録するための制度設計も計画します。

以下に、解析基盤構築の取り組みについて一部ご紹介します。

Ion Torrentシステムでは、マルチプレックスPCRという方法により、何千もの領域を同時に増幅し、さらに油中水滴中でのPCRにより、ビーズ上に同一の断片を増幅します。それを半導体チップ上の穴に入れ、ヌクレオチドACGTを1種類ずつ流します。相補的なヌクレオチドが添加されたときにはDNA鎖に取り込まれて水素イオンが放出、イオンのもつ電荷によって変化したpHをイオンセンサーが検出します(図2)。

図2:Ion Torrentシステムの概要

生のpH値を電圧に変換し、デジタル情報に変換したものを処理する工程、塩基配列が決定され、フィルタリングやトリミングをする工程、参照ゲノムへのマッピングをする工程、バリアントの検出を行う工程を経た後、VCFファイルに対して、decompose処理、normalize処理、SnpEff/SnpSiftでのアノテーション付加を行います(図3)。SnpEffではバリアントの基本情報(遺伝子名やバリアントの種類など)を付加します。SnpSiftでは、当施設で必要な項目のみを抜き出して加工した一般集団のデータベース(gnomAD、8.3KJPN [東北メディカル・メガバンク機構]、HGVD)、ClinVar、機能予測プログラム、インハウスデータなどの情報を付加します。

図3:当施設におけるIon Torrentデータ解析の流れ

候補バリアントの絞り込み~報告書作成はエクセルファイル上で行います。エクセルを使用する理由としては、アノテーションファイルの内容を分離するのに適しているということの他に、報告書作成までを同一ファイル上で行うことで抜け漏れ・転記ミスを防止するという目的があります。エクセルファイルは4つのシートから構成されています。「(1)vcf貼付」シートにアノテーションファイルの内容を貼り付けると、「(2)解析」シートでは各情報が分離、整理されて表示されます。その情報を元にバリアントの絞り込みを行います。抽出したバリアントは、「(3)検証会議」シートにおいて、バリアントの詳細を含んだ一覧表として表示され、同時に、「(4)解析報告書」シートで自動的に解析報告書が作成される仕組みです(図4)。

図4:エクセルファイルの解析シートでの表示例